文化・芸術

器の写真

器の写真 ミュージアム=博物館 紀元前 中東の器

Sn3k0751_22000年以上の時を経て、残ってきた器。その希少性と斬新なデザインには魅了される。ホント、古くて斬新でそして魅力的。


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文春を買って記事読みました 小沢記事

 文春を購入しました。380円でしたっけ?

 日本の民度はこうやって形成されるのだろうと思う記事です。

 多分、何割かの人はこの記事信じるのだろうな、、、、。この記事を書いた人は「ジャーナリスト」と自称しているのだろうな、、、、、。日本の民度はやっぱり低い。

 まるで2チャンネルの記事ですね。2チャンネルは、無料だろうが。これは有料で、多分信じる人もそれなりに多いのだろう。

 ここでその記事の内容に関して詳しくは語れないが、、、、、やっぱりアメリカの圧力なのかな?

 日本の民度を上げるには、民族としてのプライドを高めるししかないのだろうな。

 戦後は終わっていない感じだ。

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技術流出3

 技術流出3;

 そもそも技術とは何か?有名なアインシュタインの相対性理論から考えてみたい。我々が生きていく上で使われる理論はニュートン力学である。これが主体となって現在の工学系力学は構築されている。では、アインシュタインの相対性理論は我々の生活に不要なのだろうか?
 そうではない。アインシュタインが考え付いた理論は地球規模での力学ではなく宇宙規模で語るときに無くてはならない理論である。では、生活に宇宙規模は必要なのか?端的に言えば、現代人(将来の未来人は分からないが)の目の前の生活には不必要であると言える。しかし、人間は考える葦であると言われているように、考える行為の延長にアインシュタインの理論があり、さらにノーベル賞受賞で有名になった素粒子理論などがある。この科学的価値は言うに及ばず、文化的価値こそが技術であると私は考えている。広がりある理論、考察こそが人類の知恵の源。無知の知を知ることこそが成長を目指せる。

 さて、なんでこんな事を言い出したかと言えば、技術とは限りないものであることを言いたかった。そして技術とは知の集積であり、文化であると言うのが持論である。文化であることは真似することも、地域的な広がりを持つことも可能であり、文化発信地が尊敬される、あるいはあこがれる場となる。

 日本の技術は高みから低いところに水が流れるように、ごく自然に海外に流出する。従って、日本のサラリーマンエンジニアが韓国や台湾、あるいは中国に行って技術移転してしまうことは止めようがない。これは結局さらなる上を目指すことが先を走る国や地域の宿命である。それが当たり前だと考えるべき。確かに日本のサラリーマンエンジニアの持っている技術レベルは高いし、それに見合う報酬をもらっているとは言えない。しかし、だからと言って技術流出を止めることはできない。どう阻止しようとしても流れ出すものである。それがどんなに血の滲む思いで開発した技術であろうと。

 特許、パテントと言う方法で技術防衛をすることは可能であるが、技術流出阻止の期間は短い。次なる高みに向かわないと、その特許も宝の持ち腐れになってしまう。最近では、危惧される技術として有機ELなどが上げられる。次の高みに進むのは、なかなか大変である。

 韓国や台湾に技術を売ったサラリーマンエンジニアは現在どうなっているのだろうか?サムソン(半導体部門)には最大500人ぐらいの日本技術顧問がいたらしいが、現在では10人はいないようである。彼らは今どうしているのか?結構そんな人がいたが、今ではご引退されている人が多いのではないだろうか?技術を売った人はその時点で成長が止まってしまう。成長が止まると、持っている技術がすぐに陳腐化してしまう。技術と言うのは常に磨かなければ、錆付いてしまうものである。

 これは個人のスキルアップにも言える。新入社員の時は覚えることが多くて、大変であったものが、慣れるに従いルーチンワーク化してくる。ルーチンワーク化した仕事には成長は望めない。年功序列のいけないところは、年齢を重ねるごとにスキル=技術が向上するという錯覚が出てくることである。年齢を重ねても、自己研鑽を怠った人には本来昇給だとかは無いのが現実。それが、人は時として錯覚する。自分が向上しないのにも関わらず、給与が上がらない事に不満を持つ?あるいは給与が上がることが当然だと思ってしまう。何とも人間は難しい生き物である。自分の事は見えない人が多い。

 自分を戒めるしかない。それ以上に、向上すること、スキルアップすること、知識が増えることを楽しむことが自然と給与アップに繋がることが望ましい。それにしても、大した技術も向上心も無い団塊の世代連中の多いこと。まさに錯覚の団塊の世代である(これは愚痴です)。
 
 技術の表面的な部分は真似することができるが、その技術の持つ深い意味、広い背景、情熱や達成感は真似できない。そう、文化は一朝一夕に得る事はできない。日本の誰もがこう言った文化的イノベーションの境地に達する事はできないのは致したがた無い。行く人だけが、達する境地である。現在の日本にはそういったイノベーションはまだまだ健在である。しかし、真似する諸外国とレベルの変わらない人も沢山いる。そこに技術移転に関する摩擦が起こる。技術流出は仕方長無いが、生活は守りたい。なかなか人は難しい。
 
 日本はイノベーションにより先を走る事が運命付けられているわけだが、先を走れない集団への考察が政治である。言ってしまえば自己責任であるが、人は社会的動物であり、そんなに割り切って物事は考えられないし進まない。素晴らしいイノベーションを起こす人がいて、それを支える社会が在って初めて生活が成り立つ。技術流出と日本の生活レベルの維持、これが今後の政治的な課題である。10年後どんな技術立国になっているのか?
 
 原丈人さんのように楽観的に考えたいところではあるが、、、、。51t6kci8ghl__bo2204203200_pisitbsti 未来は予測はできても予知はできない。元気出して、原さんのようにアグレッシブルに日本を信じて進みたいものである。

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