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2018年11月

月曜はヘトヘト

 スナップエンド、グリンピース、キヌサヤの種を播きました。


 育てていた玉葱の苗を、定植しました。多分200本ぐらい。サラダで食べると美味しい赤玉は無し。赤玉の苗はどこかで調達して、少し植えるか?

 里芋を少し収穫。

 大豆を全部収穫。黒豆はまだ完全に乾燥していないので、引っこ抜いて、ブルーシートにくるんで乾燥中。

 もうすぐ、秋のジャガイモを収穫しなくては。

 サツマイモも収穫して、そのまま。食べなくては!

 秋は実りの秋。実に多彩な収穫である。農閑期は12月に入ってから。

 夏の酷暑で動けなかったので、チョット涼しくなって、色々動いて、そしたら農業ホッタラカシテ、他の事もホッタラカシテ、いかんいかんと戻ってきた。やりたい事、ヤラネバならぬ事、色々。余りに時間的、体力的余裕が無いので、懸案であった古い小屋=旧豚舎を解体し、カーポートを造ることをお願いした。本当は自分でやろうと思っていたが、プロにやってもらうと仕上がりが違う。コンクリートの打ち方、仕上げが全く違う。これは脱帽。こんな丁寧には、できないし、仕上がりがとにかく美しい。ありがとうございます。

 やはり日本の左官屋は素晴らしい。

 ホント感心。
 ありがたい事です。チャンスがあれば、このブログでも写真をアップしましょう。

 色々ありますが、益々田舎暮らしが楽しく、美しく、良いものになって来ました。無農薬、無肥料のお金を掛けなく、時間と労力を掛ける趣味も、本格的になってきました。

 来春に向けての作業はほぼ終わり、本当の農閑期はもうすぐ。温泉に浸かりに、さて、どこに行きましょうか?

 

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ルノーの思惑 植民地化

 この言葉に収れんされる、植民地化。そう、フランスが得意な植民地政策。現代版植民地政策。ルノーはガバナンスなどと言う前に、植民地によって現在も、これからも利益を、不労所得を得ようとしている国である。植民地利益を得れなかったドイツとイタリア、そして日本とは、そこが大きく違う。


 植民地支配に関しては、一枚も二枚も上手なフランス。そして、現代版植民地支配の資本掌握、決議権取得のやり方。それに抵抗する植民地支配をされる側のニッサン。

 被支配者のクーデター、こう見るのが、正し。もっと言えば、フランス対日本となるのだろうが、それを飛び越えて、言う事をきかないフランスへの懲らしめに、これを使ったトランプ政権かもしれない。目の上のたん瘤的なフランス。ドイツのような対話を、柔和に進める気配のないフランス。そもそもトランプ政権のバックボーンたるロックフェラー自身が変わりつつある現代、当然、ロスチャイルドとの関係も変わる。もっと言えば、中国財閥との関係も。誰が結果的に利益を得るのか?もしかしたら、ニッサンは中国との連携を模索して、独立を考えていたのかも?

 まあ、世界の政治は、世界の歴史は、おおよそ200年経ってから、まともに評価される。それまでは、その時の権勢者が歴史を作る。これは、日本では大化の改新の時代から、当然と言えば当然な話。

 それにしても、「現代版植民地支配システム」なんですね。良くわかった仕組みです。支配者側から見れば、被支配者をいかに虐げて、絞って、支配者は、不労利益を得るのか?これが大切な事象。その大切な事象をかれこれ200年以上続けているフランス。日本=アメリカからの反撃など想定内かもしれない。

 カルロスゴーン事件を飛び越えて、「植民地支配」に思い至って、腑に落ちた。

 まあ、サラリーマンであった私も体験したことだが、支配者、被支配者の関係は、簡単ではない。容易ならざる関係である。そういった観点から見れば、また別の事象が見えてくる。面白い。

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苦しい時にこそ、原点に立ち返る

 なかなか、半導体関連の景気は厳しくなりつつある。一本調子で上がっていくことは無いと思っていたが、急激な減退。しかし、当然と言えば当然。急激に上がったモノは急激に落ちる。株価と同じである。


 半導体が調子が悪い時にこそ、自分の原点に返って、考え直さなければ。本当に自分が目指すモノは何なのか?忙しさにかまけて、忘れていた、見失っていたモノが思い出される。本来目指すべきものは?????

 そんな分けで、振り返りの週間である。

 自分と言う存在、自分が起こした事業、何を目指していたのか?お金儲けか?そう、当然利益は出さないと存続しないが、お金儲けが目的な分けではない。お金を儲け、お金は手段でしかない。お金を得て、何がしたいのか?

 カルロスゴーン=日産の総帥が逮捕された。多分、彼も見失ったんだと思う。雇われ経営者としては、株主がどんだけ儲けているんだ?俺が稼いだのに!と思った事だろう。しかし、彼はお金は手段でしかないことを思い出すべきだったのかもしれない。まあ、人の心は分からないけど。

 そう言う自分はどうなのか?そう、忘れていた事が多い。忙しい時は、目の前の事象しか見えない。本当に自分が目指すモノを見失いがち。

 「世界を股にかけて、ビジネスがしたい」これが私の原点である。どうして、学生時時代にインドに行ったのか?ベナレス(バラナシー)のガンガー(ガンジス川)の畔で、荼毘に臥される人々を感じて、諸行無常の響きを感じて、自分の目指すべきものを感じたのではなかったのか?人はすぐに忘れる存在で、色々感じたこと、考えたことも忘れてしまう。特に、バブル的にお祭り騒ぎの時は、目先しか見えなくなる。

 目指すべき、「世界を股にかけてビジネスをする」それは、「世界中の人に幸いをもたらすことが究極の目指すべきもの」と言う実に青臭い事だ。青臭いが、実に確かな事。だからビジネスをしておるのだ、、、、と言える。

 今まで克ち得た知識経験で、この危機もキット乗り越えられる、この半導体の落ち込みも乗り越えられると信じたいし、信じている自分がいる。

 楽しくなってきた。さて、さて、頑張ってやろう!楽しくやろう。

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考えることは、容易ではないようだ

 このブログの表題が「考えていること」と銘打っている。従って、考えることが、生業みたいに思っているのだが、、、、。


 あるテーマに対して考えるという事は、そのテーマに関する情報を仕入れることから始める。そして、仮説を立てて、その仮説を検証しながら、仮説との相違がどうして生まれたかを考えながら、先に進めるわけだが、、、、。なかなか容易な作業ではない。

 情報収集がまず容易ではない。

 例えば、ある商品を販売したいと思う。マーケティングのセオリーである3Cについて情報を収集する。3C=Company、Customer、Competitor Companyは自社のこと。どうして、この商品を販売するのか?意味は?社会的な貢献度は?誰が喜ぶのか?自社にとっての優位性、技術的・サービス的な優位性や意味、等々。   Customerは想定顧客は誰なのか?どんな顧客なのか?どんな使われ方、顧客にとって購入するメリットは?気分は?等々。Competitorは競合相手、どんなモノが競合相手なのか?競合相手の価格は?競合相手の姿・形は?どんなアクションを仕掛けてくるのか?等々。

 机の前で考えても、ほとんど情報は入ってこない。そう、インターネットで情報を仕入れる?インターネットの限界も多い。確かに、取り掛かりにはインターネットは欠かせない。しかし、それが全てではない。特に競合相手など、簡単に特定できないし、特定しても、相手の手の内を知るには、容易ではない。ではどうしたらそう言った情報を入手することができるのか?それを考えることは容易ではない。で、容易ではないことを=考えて実行することを往々にして放棄する人が多い。

 これは大手会社の経営者でも、考えることを放棄する人のいかに多い事か。まあ、だからこそ、衰退する会社があり、そして伸びて行く会社があるのだから。

 で、色々な事を考えるのだが、昔から、考える人と、考えない人がいて、考える人=苦行を行う事ができる人には、成功報酬があり、考えることを放棄した人には、そういった成功報酬はない。ここで言う成功報酬は金銭的なものではなく、自分の仮説が正しかった、などの達成した事によるドーパミン放出の成功報酬である。

 インターネットは3行以上は大部分読まれないようで、まして、書籍など読む人はやはり少数派だとか。まあ、そんなモノかもしれない。教育のなせる業か?

 最終的には、個人の資質もあるが、教育と教育方法がいかに大切か、と、言う事か?まあ、これも仮説だが。

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