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日本の技術と生き残り Ⅴ

 東日本大地震はまだ収束に向かう気配は無い。現在も被災されて困難な生活をされている方々には、お見舞い申し上げるとともに、一刻もはやい復旧をお祈りしております。また、まだ亡くなられた方々にはご冥福をお祈りいたします。

 今回の地震と津波による被害の他に、原子力発電所の爆発が起きているのは、誰しも知っている話。東京電力は過去にも柏崎原子力発電所で想定外の震度6の中越地震で火災事故を起こし、しばらく稼働停止していた経験をもつ(http://www.nhk.or.jp/special/onair/070901.html)。

 その経験が今回、全く生かされていないのが実に残念で仕方が無い。確かに、地震による揺れだけの事故と、今回のように津波被害がある事故では異なるのだろうが、根本は同じ地震。想定内にすべき事件ではなかったのか?東京電力のTopあるいはその周辺にいる幹部の意識が低かったのだろう。
 
 そんな経営層のミス判断で、今回の大きな事故が起き、そして「原子力発電は危険な技術だ」と思われるのは、エンジニアにとって実に残念なことである。原子力発電でも、火力発電でも100%安全だと言うことは、人間のなせることで、絶対はないのと同列、絶対安全などと言うヤカラは信じられない。しかし、今回の事故で、エネルギー問題の原子力発電にブレーキが掛かるのは、世界的には確かであり、原子力に携わろうと言う人材が減るのは実に残念。

 この原子力利用技術への過信は禁忌であるのは言うまでもないが、人類にとって原子力技術にブレーキが掛かるのは、吉なのか凶なのか?これは歴史が判断するのだろうが、個人的には残念な話だと考えている。
 柏崎原子力発電事故の時に、災害想定を再度洗い直し、その対策を実施していれば、、、、、と思うのは私だけではないだろう。東京電力の原子力発電に携わるエンジニアも、東芝、日立、三菱重工の原子力発電エンジニアも同じ思いではないか?世間の風は、今回の事故で確実に変わった。
 技術の持つ力は、人類を幸せにする技術であるべき。それは戦争に加担する人でああっても、その願いは同じなのかもしれない。だからこそ、予想できた対策をを怠った東京電力幹部の責任は、会社や地域住民だけでなく、人類にとっての責任も被ることとなる。

 それにしても、技術と言うのは難しい。過信はしてはいけないのは言うまでもないが、自然の力には素直で、脅威を持って一目置くべき精神構造が必要なのだろう。

 一刻も早い原子力発電事故の収束と、地震と津波被害の復興を願う。

 

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