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規制緩和考察1

 小泉政権下で竹中平蔵が行った「規制緩和」による経済政策は何であったのか?小泉政権当時、私自身が政治や経済に興味も大して無く、無関心層に近かったのは確か。そう言う分けで当時の事を思い出そうと思っても、大した記憶は無い。しかし、現在の状況から規制緩和と言うものを考えてみたい。
 規制緩和と言う語感、字ズラからは役所、親方日の丸が色々な法律や条例で民間が行うことを規制して、それを緩和すると言う意味になる。役人が、官僚が悪という立場に立って、それに向けて対抗すると言う改革派が規制緩和と言うお題目であった。しかし、官僚も役人も日本の制度の中のひとつであり、決して悪と言うものではない。ノーパンしゃぶしゃぶだとか、女体盛などといった接待を受けていた官僚が糾弾されたが、あれはスケープゴートであった。ああいった象徴的事象で、「役人、官僚は悪だ」と決め付けて、そして「規制緩和こそ日本のあるべき姿だ!」とアメリカからのグローバルリズムの流れを汲み取った。小泉政権では自分の出身母体である自民党を「ぶっ潰す」とのたまいていた。
 官僚の全てが悪ではなかったし、まして規制緩和すればそれで経済問題もセーフティーネットも解決するといった強者の理論で日本の制度を緩和したのは事実。そして、どうなったか?セーフティーネットの崩壊、雇用の自由化による格差の拡大。これまで資本対労働者などといった構図で語られた搾取の構図が、はっきりした形を取らなくなって、「努力して頑張っている富裕層」と「自堕落で怠けている貧困層」と言う構図で語られることが多くなった。しかし、その格差がアメリカの様に広がると社会不安=荒れると言うのが当然の成り行きで、それを防ぐ意味でセーフティーネットが構築されてきたはずなのに、それすら規制緩和で取り払われた。実際には大した費用出なかったのが、スケープゴート化されて、土建事業は残り、母子手当ては無くなった。
 規制緩和することで、競争で負けた個人や企業は退場してもらい、強者のみ生き残ると言う、一見まともな言い分も条件が違えば大きな不公平になる。現実に産業革命以降、歴史が経験した内容であったはず。箱物、土建政治で湯水のごとく税金を投入し、それで無くしてしまった社会制度。
 うーんマイナスの事しか浮かばない。もう少し明るく考え直してみよう。

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