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農業のビジネス

 農業は結構大変であると言う話を聞いた。

 山手にある畑でトマトを作れば、さて収穫と言う前の日にサルに食われ、大根もサルに青首部を食いちぎられ、サル避けに電気を通した電線を張っても、それを乗り越える。仕方がないので、畑から田にすべく稲を植えたらイノシシが穿り返してだめにした。なんとも大変である。

 そんな話を聞いて、「大変ですね」と言うが、その徒労感、大変さが実はよく分からない。人間はある程度は頭の中でシュミレーションをすることはできるが、大変さ、逆にうれしさを実感することは難しい。これは子供を持ち、親になると実感できる。それまでは「親と言うのはなかなか大変である」と言う定義はできても、子育ての楽しさ、達成感、家族の温かみといったものは自分で親にならない限り実感できない。これは肉体的な感覚であり、その肉体的な感覚はなかなか頭だけでは理解できないし、実感することは難しい。

 そこで、実は農業を体験してみたいのであるが、これはこれで都会に住んでいると難しい。どうやって時間を作るか?どうやれば体験できるか?難しい問題である。何かを始めようとすると、何かをあきらめなければいけない。あきらめる、あるいはやめる事を決めないと、具体的に先には進まない。農業を手伝うとか、体験するとか、研修を受けるとかは方法論的にはあるのは分かるが、実際の自分の生活にどのように組み込むのか?

 3年前になるが、助手席に乗っていて、交通事故に会い、肋骨を4本折る大怪我をしたことがある。その大怪我のおかげで、晩酌をする習慣から脱することができた。晩酌を止めたおかげで、本を読む時間が確保できた。その読書の話はまた別途したい。

 晩酌を止めたことで、本を読む時間ができたと言う現象を考えた。つまり、何かを行う、始めるには時間が必要である。その時間はどうやって確保するか?瞬間的な時間、単発の時間であれば何とかなるが、習慣にしなければならない事象や、農業のような日々続けないといけな事や、さらには日々行うとかなり上手くなるスポーツなど。例えばテレビを見る時間を止めるということだけでも現代人はかなりの時間を捻出することができる。テレビ、読書、ネットなどの話も別の機会に取り上げてみたい。

 農業は週末だけ行うにしても、住んでいる都会ではほとんどそのような機会はない。家庭菜園はあるのだが、それもかなりの競争倍率だとか。それに本気でやるとしても、どの時間を当てるのか?夜はだめだし、、、、、。チョット考える。

 そもそもどうして農業を体験してみたいのかと言うと、結局アグリーカルチャービジネスを考えてみたい事に尽きる。体で体験して考えないと、先に進まないことが多い。工業と呼ばれるものつくりの根本的なものは農業であろう。さらにこれからはある種農業が生存にかかわる可能背が高い。いつまでもあると思うなお金と、親。そして輸入食料。中国もインドも人口増加はすさまじい。食料自給率が極端に低い日本はセキュリティーの点からも、農業という産業の見直しを考えるポイントにいる。農業を考える場合に、畑も田んぼも知らないのでは、考えようがない。まして、ビジネス化を考えるのであれば、やはり体で考えてみないと。

 そんな事をグルグル考えていた週末である。

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