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2008年9月

好不況?

 一昨年まで好景気と言われていたが、それもどうも怪しいと言うのが最近の統計。確かに大手企業の業績=利益は高くあったようだが、市井の民の収入は減ったようだ。これは正社員の給与は曲がりなりにも上がったとしても、派遣社員やパート、アルバイトの収入は上がっていない、いや下がっていると言える様だ。つまり、企業自身の売上だとか利益は上がっても労働者の収入は相対的に下がっており、格差が拡大したと言える。

 これがアメリカが押し進めてきた「グローバル化」なのであろう。日本社会は「総中流」とか言われて、極めて格差の少ない社会であったが、ここに来てどんどん格差が広がっている。特に1990年から2005年までの約15年に渡る「就職氷河期」が格差を大きくした時代であったようだ。

 確かに努力した者が報われて、努力しなかった者はそれなりにと言う社会が競争を生み、活気ある社会に欠かせない要素であろう。旧ソ連だとか共産国と言われた社会は「コネ」が最重要で、やってもやらなくても変わらない、つまりやるだけ「ムダ」。この全員公務員、全員官僚的社会は息が詰まり、新しい事をする余地を与えない社会は進歩しない。しかし、行き過ぎた成果主義はこれも共産主義と同じく、「社会の停滞」を招くようである。どこまでが行き過ぎで、どこまでが適切なのかはなかなか難しい判断である。それでも、やっぱり市井の者は「日々精進」以外に、生き残る術は無い。

 人類も生物の一つであり、運も不運もある現実に生きている。努力すれば報われるとは言えない。しかし、何にも努力しないで親の七光りだけとか、親の財産に乗っかって生活する=努力をしない者はやっぱり報われることは無い。努力した者でなければ報われると言う達成感を得ることは無い。生活者としての報われる(=収入をより多く得る)ことだけが人生の究極の目的ではない。やはり努力して、成功して、皆に感謝されたり、喜ばれたりすることで、報われる精神的な要素は重要である。その価値感をないがしろにしたのがアメリカの「グローバル化」であった。結果というのはお金で表し、そのお金の評価が全てと言う価値を押し付けて、日本の文化をおかしくした「ホリエモン」だとか「村上ファンド」だとかのマスコミに騒がれた人たちは、表舞台から現在は消えている。彼らはアメリカの証券会社や投資銀行のそれこそ「頭が良くて、貪欲なユダヤ金融」に踊らされたのが現実ではないのか?それを証拠に、現在のアメリカのファンドはどんどん潰れており、金融も縮小している現在は、「ハゲタカファンド」も「外資によるM&A」などはすっかり影を潜めている。どんな理論を振りかざしても、彼らの求めている「キャピタルゲイン=買値と売値の差額」という利益が消滅した現在、何も動かなくなった。

 日本の年金も401kだとかで、「利益の高い投資に向かなくてはならない」とか言っていたが、現実にはアメリカに踊らされて、アメリカに利益を吸い上げられたのではないか?この結果が出るのはまだ数年掛かりそうであるが。本家のアメリカはリスクの高い年金運用を行った人たちの年金は消滅してしまった。今後、そういった年金を受け取れない老人のセーフティーネットに多額のお金を使わないといけない社会となる。日本の同じようになるのであろうか?これを推察する情報、根拠を持っていないのでこれ以上は推察は進まないが、アメリカを見る限り危険な臭いがする。単純に世代間の有利不利の問題だけでなく、年金の運用結果問題=アメリカの不動産バブルによる影響がもうすぐそこに来そうである。

 こんな先行きが見えない時代で、どうすればいいのか?これは、見えない未来を読む以外にない。自己責任だとか言われる現代、努力して情報収集し、個人の生活防衛を考える必要がある市井の圧倒的多数派の考えない人々は誰かの言動に左右されるのであろうが、さて、どうしたものであろうか?

小泉劇場型政治の再来が現代の圧倒的多数派の考えない人たちの希望なのであろうか?政治だけが生活を決めるわけではないが、年金問題、健康保険問題、税金問題といった極めて社会的な問題は政治が多くを決める。かなりの知識人も小泉の「自民党をぶっ壊す」という言葉に期待したし、「郵政民営化」という抵抗勢力官僚対、市民の味方の小泉図式というYesNoの図式に載せられた。当時、知識人と言われる私の近親者も「今回は自民党小泉に期待したい」と言っていた。「国民の民度が上がらなければ、政治の品質も向上しない」といった単純な図式がここにある。

まんまとアメリカ的グローバル化に乗せられ、貯蓄から投資へなどといった話になっている。銀行や郵便局に貯金をする人たちは「バカ」だそうだ。金利がほとんど無い日本金融事情そのものへの非難は行わず、だから投資に回さなければという。アメリカの言いなりになって、超低金利に据え置いている日本政府を非難しないで、リスクのある投資を行えと言うのか?米系ファンドにお金を出して、アメリカに毟られた人たちの救済はどうするのか?自己責任であるとは私も思うが、それでも日本の超低金利がさらなる日本資産の毟り取られる様を容認するのは実に悲しい現実である。

 こんな状況下、国政衆議院選挙が近い。圧倒的多数の考えない若者たち、今回の選挙は行こう。「投票しても意味が無い」などと言わないで、必ず投票しよう。そうでないと、弱者のセーフティーネットはどんどん弱くなる。そうすれば、困るのは本当は国民全体であることは自明の理であるのだが。

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骨折治療終了

 今週の水曜日に整形外科に行ってレントゲン撮影、触診を行う。少し痛みはあるがほぼ大丈夫になったようだとのこと。スポーツはチョットまだ、ウオーキングから。次の治療も指示されたが、「痛くも無いから良いかな」と言う感じ。低周波電気を掛けたりなので、チョットもういいかなという感じになってしまった。1週間で痛まなければ、終了としようと考えている。8月10日に怪我してから来週で約7週、治りは早くないね。

 9月はかなり動いたな。九州出張2回、ベトナム1回。21日早朝ベトナム帰国して、翌日22日の夕方会社で急激に体がだるくなり風邪の症状を発症。翌23日は一日中寝込んで、何とか少し持ち直した。24日に九州に行って、博多中洲で晩飯をいただき、翌日25日は大牟田でかなり元気に晩飯をいただいた。今日はお休みの26日土曜日、元気になっている。松葉杖をついての生活も、風邪で全身がだるい時もそうだったが、健康でないと色々な物事に意欲が湧かない。やっぱり体と精神は一体なんだと改めて感じる。今更そんな事と言う感じであるが、お酒も弱くなり、体力的にも自信が無くなって、気力だけではどうにもならないから感じることなのだろうか。

 昨日、目の不自由な男性が盲導犬を連れてホームに居た。酔っ払って、吐いたものが衣服尾を汚していた。盲導犬はリードの綱だけを持って案内してくれるハンドルは放した状態。とても盲導犬が目とはなっていない状況。ホームの端でふらふらなので、腕を掴んで少しホーム端から引き離して、少し話をしたのだが、、、。お酒を過ぎると言うのも自己責任であるし、そんな失敗は誰でも一つや二つあるので、それを目が不自由だからと言う理由でどうこう言うものではない。また、チョットふらふらして危なかっしいのも同様。しかし、盲導犬の何とも心配そうな目は何とも切ない。人の目の役割を誠実に行う盲導犬は、実に感動的であり、胸が熱くなるのはどうしてかな?目の不自由な彼は寝過ごさなくて、所定の駅で降りられたかな?困惑して心配な白ラブラドール犬はその後どうしたかな?少し心配である。

 2ヶ月ぶりのベトナムホーチミン、2年ぶりぐらいの博多の中洲。どちらも共通の風合いと言うか雑然さというか、東、端っこの国というかそんな共通があるね。東京はあまりに人が多くてそんな風合い的なものが感じ難い空間になっているのかな。自分の中で混沌として、整理はされていない感触なのだが、何か共通点がある。考えや感覚が醗酵するのが楽しみである。

 アメリカ経済は昨日夕刊に掲載されていた記事「ワシントン・ミューチュアル業務停止、32兆円資産」。テレビでは取付騒ぎが報道されたとか(見ていない)。まさに副島隆彦教授が本に書いている通りに進んでいる。金融機関の破綻は、これまでの投資の失敗であり、博打の結果当然といえば当然の事であるが、降りかかる不景気がどんなものになるのか実に不安である。実物経済で生きているメーカーの人間としては社会が停滞して、物が売れなくなり、生産規模が極端に下がり、リストラ、解雇、失業が蔓延しどんな社会になるのか不安である。基軸通貨としてのUS$の凋落、その潮目であるのは間違いない。US$後の社会がどう進むのか?その先を読んで生きて行きたいのであるが、不安は不安である。ある種その不安定を楽しんでいる所は自分にはあるが。江戸から明治に掛けて変化した日本社会のような変化、それよりも大きいかもしれない変化が起ころうとしている。さてさて、実物経済で生きている私としては、どうしたものやら。

 今後、この「誰も見えない先を考え、予測し、どうするか」という事を少し書いていこうと思う。

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骨折7

 先週の火曜日に医者に行き、レントゲン。その結果、松バ杖無しの生活に。やっとここまで来たという感じ。5週間。サポーターを付けているが、ほぼ普通に戻った。早足、駆け足、階段駆け上がり、駆け下りは出来ないが、すこしトロイが、普通に歩ける。距離を歩くと少し痛むが、骨折が痛いのか、それとも使わなかった左足関節が痛いのか分からない。今週はベトナム出張。ギブス、松バ杖無しで出張に行ける。

 先週末の探検部OB会は例によって、オジサン達の飲み会であり、オジサンでありながら何だか気分は大学生。自分が若返ったという錯覚を起こす。どうしてかな、古い友達と酒を飲むと元気になる。機会は少なく、参加できなかった人もいるのだが、4学年(4代)に渡るOB会で10人集まるのは仲の良い証拠。熊本は芦北、バンガローを借りてのバーベキュー飲み会。生憎雨にたたられて、ベランダにタープで屋根を作ってのバーベキューとなりました。

 最新のニュースで「リーマン・ブラザーズ証券(USA5位)の破綻」を伝えていました。いよいよ、アメリカ金融の凋落、このまま一本に落ちていくとは思われないが、経済混乱はかなりのものである。世界の25%のGDPを持っており、3億の購買力、そして機軸通貨、なんとも世界中が混乱する事必至。半導体や液晶向けの部品が多い我が商売は、しばらく投資が抑えられることから低迷が続くのは必至。成長路線の絵を捨てきらない欲深い私は、困ったな。現状維持、縮小OKなら何とかやっていけるが、成長路線はかなり難しい。新たな戦略を考えないと。

 そんなこんなで、UKに10月中旬に行こう。ロンドンの凋落も見るべきか?本当はニューヨークなのだろが、ニューヨークには殆ど物作りの仕事が無い。アメリカ担当にしていた若者も先週で退職してしまった。アメリカ担当もまた一から始めないと。

 暗い世相だが、昔の友人と酒を汲み交わせたので、精神的には元気な週始めである。

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骨折6

 骨折も4週を過ぎ、やっと昨日から松葉杖無しの生活になった。喜ばし。片手でも、両手でも、杖で塞がれると、電車の改札ひとつクリアーするのにかなり考えて行動しなくてはならない。日常何気なくやっている事が、実はチョッとした事で崩れ去ると言う事を体験できた。不自由だね、と言いながら格闘するのもそれなりに。

 日曜日、近所のスーパーに入っている本屋に言った。自分の本は購入して、家内の購入を待っていたら、家内の前に「崖の上のポニョ」の絵本を抱えた2歳ぐらいの男の子が、家内に一生懸命話しかけ始めた。何と言っているか定かではなかったが、「ポニョ買うの、いいでしょう!」との主旨の事を一生懸命、熱心に、実に嬉しそうに語っている。家内が「ポニョ観たの?」と聞くと、「観たの、観たの、ポニョ観たの!」と実にかわいらしく語るのである。

 お会計の番が来て、お父さんから握らされた千円札を届かないカウンターに出して、清算するのだけれど、ポニョの絵本を放そうとしない。買うと言う事は分かっているのだけれども、気に入った絵本を渡すのはどうしても出来ないといった風で、実に面白かった。

 きっとポニョを観て、感動して、本屋にポニョの絵本をお父さんと買いに来たのである。そして、その絵本を買ってもらえる嬉しさと、ポニョの映画の感動を人に伝えずにはおれない感じが、実に可愛かった。人は感動すると、その感動を他の人に伝えて、共有したいものなのであると。

 私自身、「崖の上のポニョ」は見ていないのだけれども、NHKのプロフェッショナルなどで製作工程を観ていたので、映画館に足を運んで観たいものである。特に、本屋の男の子みたいに、感動した子供たちがいるとなおいいな、と思う。

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骨折5

 今週は新幹線に乗り、東京から姫路の1つ先の相生まで出張。新幹線乗車時間4.5時間。退屈はしないけど、骨折した左足が何とも。動かさずに座っていると、鬱血してくる感じ。やっぱり筋肉が衰えて、ポンピング能力が下がっているのかな。相生でなぜか「岡山銘菓 きび団子」をお土産に買って帰宅。

 来週末は探検部OB会、何と20周年記念と言うこともあり熊本は芦北まで行く事となっています。左足完治は難しいが、何とかアテ板ギブスから開放されて、テーピングぐらいで行けないものかしら。どうせバーベキューと飲み会であることは間違い無いのだけれど、アクティブに動けたほうが楽しい。OB会参加も2年ぶり。

 その翌週はベトナム出張。9月末はUK出張を企画していたけど、チョッと先延ばし。何の仕事しているのやら。造って、売って、イノベーション=技術革新して。そのほか色々。体がもう1つ欲しい程、楽しい仕事。

 しかし、不景気。半導体関連がここまで動かないとどうしようもない。サムソン電子、東芝、エルピーダ、ハイニクスと各社赤字でその赤字幅抑制の為に、外に出て行くお金を削減。そうすると、装置関連が動かな。となると部品をやっている私などは仕事が半減以下。なんと昨年の70%ダウン。なかなか厳しい。

 本来は半導体依存ではなく、他の分野にも軸足を移すか、早い時期にインテル、アプライドマテリアルなどのUSAへの進出を考えるべきだったのだが、それもやれていないし、人材採用や人材投資、まして設備投資や技術開発もかなり抑制。これもやはり目先の利益優先経営の問題。結局、自分の足を食べて縮小する=縮小再生産。

 団塊の世代の罪。現在、松葉杖の私は電車で席を譲られるという、何ともやさしい気持にさせられる事がたまにある。しかし、団塊の世代ぐらいと思われるのオッサンからは、席を譲られる事は無く、さらにそのオッサンから「何やコイツは」と言う目を向けられ、それだけだと自意識過剰がなせるモノかと自己消化できるが、ジロット見た上で腕組んで大変不愉快な顔して目を閉じるのは、見られる私が悪いみたいで困惑。どうして団塊の世代のオッサンは不愉快な顔をしている人が多いのか。また、路上不正駐車なども団塊の世代の人(これはオバサンも多い)が多いのはどうしてだろう。実に困った世代だ。団塊の世代はどうしても好きになれないどころか嫌悪感を持つ。いい人もいるんだろうが、嫌な人が目立つのも、巨大な世代だからだろうか。

 

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