トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

暑い夏

 先週はベトナムに4泊6日で行ってきた。暑いと思っていたけど、日本のほうがかなり暑かったようだ。行ったところはホーチミンだけ。毎夕スコールが来て、結構涼しくなる。朝などは気持ちのいい涼しさ。

 しかし、ベトナムで散歩やジョギングなどはチョッと難しそう。公園に行けばいいのかもしれないが、街中は歩道には色々な物が置いてあったり、タイルが剥がれていたり、陥没してたり。何より、バイクが多くて、雑然としていてチョッとその気にならない。

 ベトナムの食べ物は基本的には「美味しい」。日本人好みである。色々あるんだろうが、日本人と会食が多く、その場合は間違いなく日本食。ベトナム食も食べるが、エアコンの効いたレストランとエアコンの無いオープンレストランとでは値段が10倍程度違う。従って、エアコンの効いている、例えばホテルのレストランは美味しくて当たり前。エアコンの無いオープンレストランこそがベトナム庶民のレストランなのであろうか?

 オープンレストランでは一食25000ドン=175円前後が普通。これでも最近5000ドンも上がったとかで、以前からの知っている人は「高くなった」とのこと。これがエアコンの効いているレストランだと、昼食・アルコール抜きで20万ドン=1400円程度。これは高い、丸の内でチョッと高めのランチである。金持ちはいずこも同じか?

P5300093

 露天のサンドイッチを食べてみたいのだが、なかなかチャンスが無い。フランスパンに野菜や肉、ソウセージなどを挟んで食べるのだそうだ。機会を作って食べてみよう。値段はそう言うわけで不明。

 ベトナムから帰国したら、暑い日本の夏が待っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

読書

読書をすることはかなりシンドイ時も、嬉しくて仕方がないときもある。基本的には読書は好きなのだが、私自身のモチベーション次第と言える。

我々は文字&活字と言うコミュニケーション手段を主に色々なことを学ぶことができる。読書をしない人に知的生活を送る人はいないのではないか?チョッと表現が過激かな。いずれにしても読書は知の源泉であり、この行為なくして世界と渡り合えるとは思えない。世界のエクゼクティブとか言われる連中は、真剣に学んでいる。大量の本を読み、大量の活字を消化している。私はビジネスの世界で生きているが、本を読まないでは不安で、日々本を読み学んでいる人間を相手にできそうもない。

私より若い人たちの本離れが激しいようだが、非常に残念。1年に約200冊本を読むと、10年で2000冊、30年続けても6000冊。これを多いと考えるか?それとも少ないと考えるか?しかし、読んでいない人と比較すると、1年では大した差は生まれないが、10年20年とすると大変な差が生まれる。読書をする、しないで、戦う武器の質・量が違ってくる。

直接の部下ではないが、43歳でこれまでほとんど読書の習慣を持たない者がいる。その人間と付き合うと、味気ないし、考えが浅はかで、一緒にいて得る事が少なく、とてもビジネスを構築することはできないと思われる。その者は学んで向上しようと言う気持ちが今後も無いとすれば、これからも、言われたこと、指示された事を行う仕事しかできないであろうと思われるし、人生に深みは生まれない。手を動かす職人であれば、向上、人生の深みといった事は変わるのだろうが、ホワイトカラーで本を読まない、考えない、向上心が無いと言う者は先々どうなるか考えないのだろうか?学ばないホワイトカラーは、救いが無い。

本を読めば知識が増えて、ビジネスやその他の事で成功するかと言うと、それは必要条件であり十分条件ではないのは言うまでも無い。学びそして考える事が無いと、色々な事が上手く行くとは思えない。知識という武器無しにどうやって戦うのか、戦うことができるのか?生き残れるのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界は狭い

sagittarius 「野茂英雄が引退を表明」と言う新聞記事が今日のTopでした。野茂さんは大リーガーへの道をつけた功績は偉大であると、私も同感です。39歳と言うことで、それで引退と言うのもやはりスポーツ選手、特に投手は過酷ですね。

 古くからの知り合いで、年齢がほぼ一緒(正確には相手が早生まれと言うこともあり、学年一緒、生まれた西暦は異なる)の方と来週ベトナムで会うこととなりました。たまたま、ベトナムに赴任されている事を昨日知り、電話した次第です。何ともいやはや、です。

 大学3年生(25年も前)の時だったか、インドのカルカッタという町の世界中のバックパッカーが集う安宿に宿泊していたときの話。午前中だったかと思いますが、髭面の日本人から声を掛けられました。その男は私の顔を見て、「どこ出身だ?」といきなり聞くではありませんか?初対面で、怪しい格好で、いきなり出身だとかを聞かれても、戸惑うのは当たり前。「○○県の○○中学校にいただろう?」と私の出身中学校を言うではありませんか?ますます怪しい。

 そう、彼とは中学1年の11月に転校生で入った中学の隣の席だった友人だったのです。私は昔とそれほど変わっていないことで、向こうはすぐに分かったようですが、私は分からなかったな。彼が東京に就職してからも、そのアパートに転がり込んだりして、付き合いは今でも続いていますが、海外で、しかも全く知らない安宿で再開するという、非常に奇遇な体験を持ている人は少ないのでしょうか?分かりませんが、あの時の驚き、感嘆はなかなかその後の人生でも味わっていません。

 彼は、カルカッタで再会したときは、スッテンテンでした。カルカッタの前に寄ったタイはバンコクでパスポートとエアーチケット以外全て取られて、トレベラーチェックの再発行をカルカッタで待っているといった状況でした。当然、困っている友人にお金を融通したのは言うまでもありません。お金を取られた経緯は詳しくは覚えてませんが、鼻の下を伸ばしていたら、そうなったそうです。

 いずれにしても、世界は狭くなりつつあるのは事実。面白い出会いがあれば、人生は楽しくなる。出会いは面白い。sagittarius

| | コメント (0) | トラックバック (0)

経済

 ここに来てアメリカ経済がかなりヤバイ。アエラの記事も週間金曜日の記事もアメリカ経済の凋落を書いている。アメリカ輸出が多い日本経済は、当然アメリカの浮沈に合わせることとなる。韓国はもっと顕著にアメリカ経済に左右される。嘘か本当か判らないが、ある記事で「韓国のGDPの3割近くがサムソングループに依存している」と言うのを読んだ。サムソンはこの所、設備投資を日本円で1.7兆円やるだとか新聞記事をたまに賑わすが、実際は半導体製造装置(私の知っているのは拡散炉、LP-CVD炉)のキャンセルを4月に行い、その先がまだ見えない状況である。納期を先に延ばすと言うのはよくあるが、キャンセルは当然契約上の不利なぺナリティーがかかり、費用が発生して何も生まないので誰もやりたがらない。やりたがらない事を敢えてしないといけないと言う原状は「かなりヤバイ」と言える。

アメリカ経済が中国オリンピック後にクラッシュすれば、ドル安が進み、益々原油高になり、益々アメリカ経済が縮小する。これもそういった意味では地球環境的には望ましい事なのかもしれないが、経済人として考えれば「大不況=恐慌」が来るのは、かなり恐い。実際に自分の仕事が縮小し、リストラして、ボーナスも出なくなる事を考えれば、これまで努力した事が失墜するのは、ヤッパリ好ましい事ではない。

そう考える一方で「地球的な現象からすれば、いつかは減速しないといけない、それが今来る」からと言って、騒ぎ立てても仕方がないし、それで人類の寿命が延びるのであれば、それはそれで望ましい事なのか?と言う冷めた考えも無いではない。

結局、「なるようにしかならない」、「一寸先は闇」という事実を前に、それでも「読めない先を読む」努力をするのは、まさにギャンブラー。そうか、経済はギャンブルだったのか。何とか地に足を付けて仕事をしたいものではあるが、外的要因がこれだけ大きいとなかなかそうはいかない。

来週からベトナム一週間。前年比27%の物価高、それに株価下落。なかなか厳しい経済状況、それでもチョッと楽しみ。経済が上手くないところで、上手くビジネスが運べば、達成感は高いかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

P4050143

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お互い様

2008715

東京は曇り。雨も降りそうな天気。

週刊金曜日を週始めに目を通すが、どうも暗くていけない。

実際に暗い記事が多いのだけれども、世の中も実際に暗い出来事が多いのでしょう。

格差社会が進むと、結局は勝ち組だとか言われる連中にも付が回って負担が増えることとなる。典型的な例は、年金未納者が多くなれば将来生活保護者が増えて税金支出が増える⇒結局は社会負担が多くなる。ましてや社会不安が増え、金持ちが犯罪のターゲットにされるアメリカ的社会が出現する可能性もある。

もっとも勝ち組だとか負け組みだとか、こんな下品な表現を使うこと自体いい文章とは言えない。ホリエモンだとか村上ファンドだとかマスコミが騒いだ結果、はやった言葉であるが、人生山あり谷ありと言った言葉も死語になり、「お互い様」という言葉も死語になりつつあるのかな。

お互い様の観念が無くなって、自分の権利ばかりを声高に訴える「モンスターペアレンツ」の出現につながる。最近の教育問題を文部科学省や学校の先生の問題とするのは確かに間違いではないが、モンスターペアレンツやそれに準じた子供じみた親が先生たちや教育委員会を疲弊させているのも事実ではないだろうか。確かに大分の教育委員会の教員採用の不正の話は大きな問題であるが。いずれも未成熟の個人や社会の問題。もう少し大人になってもらいたい。

 今日より明日、自分が進歩するとともに、社会も今日よりは明日の方がよりよい社会になってもらいたいと願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルコール

今月7月は中国出張、その後九州出張、下旬はベトナム出張。自分で企画して仕事を組み立てるとは言え、出張三昧だとさすがにくたびれる。

一番くたびれる原因は飲み会であるのは最近まで意識が無かった。先週の月曜日に歓送迎会があり、珍しく二次会まで付き合ったがこれがいけなかった。二次会はやはりまずい。体力が続かない。アルコールを飲酒すると肝臓に負担が掛かって十分な休養が取れない。確かにストレス発散にはもってこい、また美味しいお酒は人生の喜びでもあるが、飲み過ぎは逆に集中力を無くし、消耗が激しい。以前の自分は若さゆえか、そこまで意識していなかったが、45歳を境目にそのような意識を持つようになった。

 出張もやはり距離により疲れが違うようだ。移動距離によって疲れが違うのは精神的なものなのか?それとも現実に精神的&肉体的にかかるストレスの為なのか?飛行距離、乗車時間によって疲れが違うのは、やっぱり歳のせいなのだろうか?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

はじめて

初めてブログなるモノに投稿するのであるが、果たして何の意味があるのやら。

実際には、メルマガなどを運用していたが、色んな制約が多くて、また写真だとかの添付データーと文章との兼ね合いが難しくて休止状態だった。

そんな中で斎藤孝/梅田望夫 私塾のすすめを読んでいたら、ブログで書き記す事を考えさせられた。色々な事を考えて、文章にして残すことで、今日より明日、進歩した自分を作りたいというモチベーションにこのブログがなれば、と思い書いてみた次第。

その時々の考えや感想を書くわけだが、自分に課すのはやはり個人批判は止めようと考える。時として激しやすい私にそれができるかチョッと不安ではあるが。

しかし、個人批判はしないが、やはり批判精神は持ち続けたい。本多勝一のような「老いてもジャーナリスト」的な批判精神は大切にしたい。

公表するワケであるが、それ自身は余り期待しない。必要な人に届けばいいのかな?と考える。

まずは、始める事から。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2008年8月 »